自己肯定感は高いほうですか?

あまたらです、こんにちは!!

 

さて、世の中、ざわざわしていますが、自分の心と体の健康を保ってお過ごしでしょうか?

やたらと周りの情報に振り回されて、心の中が泡立つ状態が何となく続く・・・なんてことありませんか?

私は大丈夫!!と言ってみたり、周囲の人の行動に過剰に反応してみたり・・・ニュースに心揺らされてませんか?

不安ですよね、うん、確かに。
自分が不安に感じているのに、見ないふりして、それにふたをして、

「私は大丈夫!」って言ったり、するのはどうだろう?

以前の私はこのタイプでした。

前向きで、元気でポジティブなら、うまく行く!!というタイプ。

でも心の中では、「不安」を感じているんですよ。

この受け止めないでふたをした感情って、消えてなくなればいいんでしょうが、なくならないんですよね。
どこかにいる。

だって、外部の情報に不安を感じるのも自分の感情、それを何とかうまく転じさせようと、ポジティブに考えようとしてるのも自分の感情。

どちらも大切な自分。

 

世の、「自己肯定感が高いことはいいことだ」

「自己肯定感を上げていきましょう」

というのを聞いて、

「そうだ、だから元気に明るく、前向きにポジティブに!!」ってテクニックを駆使して自分を変える、ということをよくやってました。

 

たぶん、上がったんだと思うんです。
だって、頑張ってる私がそこにいるんですからね。
「私、頑張ってる、すごい!」って声かけてあげないとね!!

 

でも、同じくらい、「まだ足らないところ、できていないところ」を

きっちり見つけてきて、「ここが良くなれば、ここが成長できたら」って自分の不足を責めていました。

前向きに、明るく責めてました。

 

そうしたら、どうなったか?

ブレーキとアクセルを同時に強く踏む!という状態になりました。
だからどこへも行けず、モヤモヤは強くなり、さらに自分を責めるという状態になりました。

じゃあ、どうしたらよいのか。

ここに佐藤由美子先生のメソッド10秒スイッチがぴったりだったんですよ。

自己肯定感、上げよう!

とか自己肯定感が高い人は行動しやすい!とかに振り回される前に。

自己受容が絶対的に必要だった。

と気が付いたんです。

自分を受容する。

どんな自分も。

 

ポジティブで明るい自分も。

ネガティブで、どうしようもなく嫌な自分も。

そのまま受容する。

一度しっかり受け止める。

すべての感情にふたをしないでいったん受け止める。

いいとか、悪いとか、これはダメ、とかジャッジしないでまず、受け止める。

 
こんな些細なことが、意外と大きなパワーになっていきました。

自己肯定感、って自己否定も連れてきますよね。

 

だから、まずは自己受容!!

次回、新たなお知らせあります、またよろしくお願いします!

 

あの時、10秒スイッチを知ってたらな 3

あまたらです、こんにちは!

いきなり本題に入ります、子育て中の悩みは無限に発生しますが、私の最初の悩みは

赤ちゃんが寝ない!ことでした。

一人目の女の子ですが、とにかく寝ない、というか寝付くまでにめちゃくちゃ時間がかかる人でした・・・。

そんなタイプなんだってわからないから・・・。
赤ちゃんって普通、すぐ寝るもんだと思ってて・・・

よく見かけるのは自転車に座らされて、落ちそうになりながらも寝る。
ベビーカーでぐっすり。
スーパーのカートに乗って、寝る。
もう、入ってすぐの野菜売り場あたりで、落ちそうに眠りこけている幼児を見ると、うらやましくて仕方なかったです。

そうだよね、赤ちゃんってあっという間に寝るよね、って思って・・・。

そこで私は、ネットや育児本とか読んで、子どもがぐっすり寝るためには、みたいな方法を探していました。

「赤ちゃんにとって良質な睡眠は重要です。
朝日を浴びろ、時間通りに生活リズムを整えろ、外で遊ばせろ、お風呂てか入れてから1時間は空けて眠らせろ・・・暗くしろ、静かにしろ・・・。静かすぎてはいけない。」

そんなことは、わかってる!!やっても寝ないから困ってるんだ!!って本当に思い詰めていました。

昼寝すらろくにしないんですもん。昼寝しなかったらさすがに夜寝るでしょう、と思ったらそれでも寝付くのに1時間半はかかってました。

だからもう、1歳になる前には昼寝をさせずに、起こしておいて、18時ごろから真っ暗にし、カーテンを引き、電話線を抜き、ピンポンの音を消し、携帯の電源を入れず、安らぎの音楽、みたいなのをかけて、1時間以上抱っこして、寝かせていました。

ほんと、思い詰めていました、寝ないとだめだって。

今振り返ってもどうしたらよかったのか、わからないです。

ただ、それでも元気に育ったよ、としか言いようがない。


そこまで悩んでいるのに、夫は、私の苦しみを知らないのか、軽く考えていたのか・・・。

夫の実家家族と一緒にご飯を食べておしゃべりしているときに、

「そんな大変なら、代わろうか?」と半笑いで言ったんですよね。
たぶん、家族に良い恰好しようと思ったんでしょう。


言葉だけって感じを瞬時に受け取った私は、キレました。

ブチ切れましたね~、もう、渾身の怒りを発散して、お姑さんが見てようが、他の家族が見てようが、止まらなかった。

「はあああああああ?????

あんた、昼寝もさせたことないのに、何を偉そうに言ってんのよ。
この子が寝るまでどんなに時間かかるか、知らないからそんなこと言えるんでしょう?
自分が仕事から帰ってきたら、もう、寝てるもんね。


その状況に至るまで、私がどれほど大変な思いをしてるか知りもしないで、何を偉そうに!!
10キロ以上もある子どもを1時間半、抱っこするんだよ!!」

思い出しても腹が立つ。

ちょうど、寝かせるために子供を抱いてたから、手が出なかっただけで、両手空いてたら、どついてたと思います・・・。

まあ、その場にいた、全員凍り付くよね。

結局、まあまあ、ってなだめられて終わったんですけどね。

寝つきが悪くて困ってる、という状況は解決しないですわね。


その後夫は、口だけ偉そうにわかったようなことを言う、っていうのはなくなりました。
代わりに、怖いお嫁さんという安定の地位を得ました。




さて、今、どこかに同じような悩みをお持ちのお母さんがいらしたら。

一生懸命で、必死だからこそ、悩む。苦しむ。

わかるよ、わかる、本当によく頑張ってる。

まずは、子どもをよく見て、元気だと思えたら、周りの「こうあるべき」という意見に振り回される必要はないです。

自分がちゃんと子どもを慎重に見ている、と、あなたは知っているはずです。

だからちょっと時間を見つけて、同じくらい、自分のことも観てあげてください。

あの時、10秒スイッチを知ってたらな、私は自分を支えられただろうし、あんなに苦しまなかったかもしれない。

時が解決する、いつの間にか、解決していた、っていうこと、たくさんあるんだよって教えてあげられたかもしれない。

だから大丈夫、その一言でかなり気持ちは救われたと思う。

標準とされる育ち方に合ってないことにそんなに苦しまなくてよかったと思う。

そして、自分を客観的に観て、支えられていたら、視野が広がって別の選択肢も取れただろうと思う。



今の、私から、あの時の私へ、

本当に頑張ってるね、大丈夫だよ、元気に大きくなってます。





















あまたらの意味とは?

あまたらです、こんにちは!

そういえば、あまたら、の由来というか、なんであまたら?を書いていなかったなと思って、色々あれこれ書いてみようと思い立った次第です、はい。

私は50歳越えた指の太い人なんで、スマホの繊細なタッチができにくいんです・・・。
どんな理由?

いわゆるフリック入力というのも、覚えられなくて、できるときとできない時があるので、あ、とか、た、とかを点々点々ってやって入力しているんですね、いまだに。

だから点々の回数が多い文字がめんどくさってなるわけです。

そうです、だからなんです!


あ、か、さ、た、な・・・で何となくいい感じに音を繋げてみたら、あまたら、ってできたんですよ。

しかもあまたら、で検索すると、タイのリゾートが出てくるくらいで、ひらがなのあまたらに意味がないから、他とかぶらなくていいなって思ったんですよね。


そして、あまたらす、天足すという古典の言葉が、天いっぱいに満ち満ちておられる、という素晴らしい意味を持っている。
だから、何となく、あまたらという音も豊かなエネルギーが込められるような気がしたんですよね。


さて、そんな私がなんでこんなに10秒スイッチ、シンクロちゃん、佐藤先生って書いているかといいますと。

2015年に発表された、時空力プログラムというところが出会いのきっかけなんですよね。

当時は未来更新式メソッドって言ってました。
そして、10秒スイッチも10秒ワークって名前でいろいろとある内観するワークの一つととらえていました。

当時は毎日子育てと家事に追われて、疲れ切っていたと感じます。
私は、たいていのことは自分で調べ、考え、決めるタイプですが、こと、子どものことになると、周囲のお母さん方の言葉、先生の言葉、マスコミやネットの情報に、一喜一憂というか、揺れるというか、自分本来の力を信じ切られなかったんです。

今、それこそ新型コロナウィルスの話題でもちきりですが、当時は新型インフルエンザとか、不安でいっぱい。
まあ、子どもが小さいときは、風邪ひくわ、インフルなるわ、発熱して中耳炎なるわ、とひっきりなしに病院にかかりますよね。


元気な時でも、お友達と仲良くできるか、とか、順調に成長しているのかとかいろいろ無限に心配事はあります。

その、「本来の自分を信じ切れない、振り回されている」状況は、私らしくない、と感じていても見ないふりして、周囲に合わせよう、合わせようとしていました。


言い方を変えると、「べき」、に合わせるという選択を取っていました。


私一人のことならいいけど、子どもの成長で取り返しのつかない判断ミスをしたらどうしようって思ったんですよね。



この苦しい感覚は今思い出しても、辛いわ・・・。

本当に答えのない中を進むからね・・・。



でも今、10秒スイッチを続けてきて、過去の自分に言ってあげられる。

大丈夫だよ、ってね。
今も子供たちは元気に成長している。

この辛かった時期の自分に寄り添ってあげられたら・・・

夜中に発熱して、苦しんでいる子ども、病院に連れていくべきか、朝まで様子見るべきか、と不安でいっぱいの自分に、

「大丈夫だよ、いつだって大切に、精一杯子どもを見ている自分を信じて」と言ってあげられたら・・・。

こんな心強いことはないですよね。





だから、10秒スイッチをマスターして、未来からメッセージをもらえる自分になりたい!って思ったんですよね、心から。


あの時、10秒スイッチを知ってたらな 2

あまたらです、こんにちは。

春はすぐそこ!

お元気でしょうか。

春を前にしたこの時期、受験、卒業、学年やクラスが変わる、仕事の配属が変わる・・・

色々な岐路に立っておられる方も多いことと思います。

Aがいいのか、Bがいいのか、はたまたCのほうがいいのか?
Aがだめになったから、仕方ない、Bで我慢するのか・・・。

人生で重要な選択なのに、どこにも答えがなくて、苦しい人もいらっしゃるかもしれません。

私は、小さいころから、母の意向に沿った選択をすることが、一番安全だったので、何も考えず、自分がどうしたいのか、考えず生きていました。

ちょっとチャレンジな選択をして、うまく行かなかった場合の責任をとてもじゃないが取れないし、責められる日々に耐えられないから・・・。

そしてうまくいく未来を全然信じられなかったので、安全第一なコースを選んでいました。

でも時々、自分の意見を言わなくてはいけない局面がありますよね?
小学生でも先生との面談とか、作文に何か書かなくてはいけないとか・・・。

そんなときでもあまり当たり障りのなさそうなことを書いていた気がします。

そんな私に母がある時、「あんたは、個性がない」と言ったことがあります。

小学生だった私は????となりましたが、「ない」という口調から、いいことではなさそうだ、と若干の注意報を自分に出し、慌てて辞書で個性という言葉を調べてみました。

そしてそのもの独自の特徴、みたいなニュアンスだろうと理解し、

「個性がない、っていうことはダメなのかな?じゃあ、自分の意見とか特徴を出したらいいのか?」と混乱したことがあります。

今更、私の意見や、意志を出す?

そこから自分のいいところ、特徴を探してみましたが、そんな簡単には見つけられませんでした。

誰にでもいいところがある、とは考えられましたが、例えば、「元気で明るい」という特徴に関して、私の個性です、と評価できるとは思えませんでした。

今思うと、このころから、「これはいいこと、これはイマイチ」と自分をジャッジして、まあ、褒めてもらえそうだなと思えたことは、自分のいいところとして外に出していたんだな・・・。
母に褒めてもらうにはかなりの特徴を出さないと無理そうだ、と思ったのも覚えています。

もうその頃の自分の苦しさを思うと、可哀想でつらいわ、、、。

小さな子どもが何とか自分を認めてもらおうと一生懸命考えていたんだなと。

私の基準は褒めてもらえるか、どころか、叱られないか?だったので、「これは大丈夫?」といちいちジャッジしていたんですね、身を守るために。

10秒スイッチには自分で自分を認めるという大きな目的があります。

褒めてもらえるか、どうか、を基準にしないで、自分で自分に小さな〇を付けていく。
そんな些細なことの積み重ねで、心の安全ゾーンが作られていくんですが、当時はそんなことは全然思いもしなかったです。

あの頃、知っていたら、どんな言葉を自分にかけただろう・・・。

心のどこかで「こんなことで〇ってつけていいのかな」とか思いながらやったんじゃないかな?と思います。

そんな、小さな私に、今の私が言ってあげられる言葉。



ありがとう、たくさん経験してきてくれて。
今は不安で怖いことが多いよね、信じられないかもしれないけど、大きくなるにつれて、

「個性が強い」と言われる人になるわ・・・。

面白いね。

自分がどう感じているか、どんな感情でも、見ないふりしないで受け止めていてくれたからだよ、ありがとう。

さて、人生の岐路に立った時、どうやって選んでいくのか、について、また書いていきたいと思います。

お楽しみに。