悩みと向き合う必要

こんにちは、あまたらです。

 

毎日元気ですか?

気持ちよく過ごしていますか?

 

元気さの度合いって100%のうち、平均するとどれくらい?

私は、平常時(何を持って?)は40%くらい元気かな・・・。

低い。
平常時でこれだから。
ちょっと予定外のことが起きたら、もう、大打撃!

いつからこんなにヘタレになったのだろう?

 

振り返ってみるに、年のせいにしてみたり、子どもに手がかかるからと家族のせいにしてみたり。

 

結局、自分の本来のエネルギーやら、気持ちを使いこなせていない気がしていたのです・・。

 

幼いころから本を読むのが好きでいつか、気が付いたら、解決策を求めて、救いを求めて、本を読むようになっていた私。

 

色々読みましたよ。

 

自己啓発本。

 

そんなときにヒットしたのが、「ザ・シークレット」

 

伝説ね、これから引き寄せブームが始まった本。

 

それがちょうど、赤ん坊だった子どもを必死にケアしている時期で。

 

イメージしたね、もう、授乳しながら強くイメージしたね。

 

子どもがやりたいことを自力で見つけ、自分で夢を描けるように。

子どもが挑戦したい、と言ったら、サポートできる親でいられるように。

 

「お金がもっと流れ込みますように」って。

 

子どものためにね。

 

表面的には家族思いのお母さんとして、「お金が流れ込みますように」と。

 

気分いいのよ、これは。

 

だって、良い母であるという気持ち。

本当にお金が(楽して)流れ込んでくる安心感。

 

色々得られるから。

 

本質から目をそらして、楽に流される、逃げるという現実から離れていられる時間だからね。

 

お花畑の頭の中だと思う。

 

そんな時期から変遷して、今があるのだけど、懐かしいような、微笑ましいような時間。

 

Capri23auto / Pixabay

 

いつまで待っても流れ込んでこないお金。

 

というか、流れ込んでるのだろうけど、、、だって元気に今まで暮らしてこられているわけで。

 

ただ、もっともっと、という気持ちは抱き続けているから、「引き寄せ効かない」現象。

 

わざわざ自分で不幸の種を作っていたのでした。

 

 

 

 

 

 

自分を変える方法

こんにちは。
あまたら、です。

さて、悩み事やら、モヤモヤした気分、何がどうってわけじゃないけど、頑張りすぎてて疲れている自分。

さらには、結婚したい、離婚したい、お金が欲しい、もっとお金が欲しい。

無限にありますね、悩みのネタって。

そして、そんな世の皆さんに、たくさん提示されますね、方法は。

ご褒美に、エステ。

ご褒美に、スイーツ。

これはライトな方法だけど、エスカレートしていきます。

旅に出ましょう、ペットを飼いましょう、部屋を片付けましょう、引っ越しましょう。

転職しましょう、婚活しましょう、不倫しましょう。

そして、あなたは思う。

もっとお金があったら、もっと素敵な洋服があれば、、、

真面目な人はもっと学ぼうと思うかも。

本読んだりセミナー出たり、資格取ったりね。

でもどこまでやっても、また、振り出しに戻ってきませんか?

私は、戻ったなあ・・・。

一時的には高揚するんだよね。

「今度の方法は違うぞ!」と。

「今度は効きそう!」って。

引き寄せたり、願ったり、アファメーション唱えたり、空に向かってガッツポーズしてみたり!

瞑想ももちろんやったし、なんか、音楽聞いたり。

rawpixel / Pixabay

でも、戻るよ。

だって根本の自分は変わっていないから。

これで変わった、って言う人は、感性が鋭いとか、しっかり、記憶できていて、変化を自分の中に定着できる人かも・・・。

とにかく私は変わらなかった・・・というか、一周回って、また、同じ状況に落ちて、、、
その回数が増えれば増えるほど、自分を責めていた。

結局、「ダメな自分」という前提で自分を責めながら、違うものになろうと、自分を否定するから、うまくいかない。

これに気付くまで結構長かった。

今思うと、分かっていたけど見たくなかった。

もう、そこ変えるの大変すぎて無理っす、と思ってたのかもしれない。

でも、意外と簡単な方法でできたもんだから、続いたし、効果が出たのかも。

3年前の自分に感謝しているよ・・・今となっては。

Daria-Yakovleva / Pixabay

そして、これは先に書いておかねば。

例えば、一つ悩み事があって、何らかもがいて、努力して、自分が変化して、解決したとするよ。

「ああ、自分も成長したなあ、良かった解決した、これから晴れ晴れとした気持ちで生きていける」ってその時は思うでしょうな。

で、本質的に自分の考え方、行動の仕方、ものの観方が変わったから、解決したのだとするよ。

これって根本的に解決を導き出せた、解決に至る、今まで見えていなかった選択肢が取れるようになった、のだとするよ。

凄いことじゃない。
凄いよ、本当に。

で、その後、何の問題もネガティブな出来事にも出会わないかって言ったら、そんなことあり得なくて、

出会うから。

もっと言うと、もっとでっかいネガティブに出会うから。

ポジティブが大きくなれば、ネガティブも大きくなるんだな、なぜか。

そこで、「ああやっぱりだめだ」って思うか、

「お、成長したからお題が大きくなってきたぞ」って思うか、、

これでまたその後の展開は大きく違う。

ああ、やっぱりだめだ・・・ってまた他の方法探しに行く人、普通にいるからね。

これポイントだから先に書いておく。

どこまでいっても、形を変えて・・・

こんにちは、あまたらです。

皆様いろいろと悩み事や、モヤモヤ、イライラに日々出会っていると思うのですが・・・。

お元気ですか?

いいんですよ、元気で、はつらつと行動でき、自分らしさを実感できて、充実感のある日々を過ごしておられる方もたくさんいらっしゃると思います。


そんなこと、あるかい!!とツッコミたくなる人も、そんな感覚想像もしたことないわ、元気で無事に一日が終わったらそれでいいわ、って方もいらっしゃるでしょう。

でもちょっと立ち止まってみて・・・。



自分が毎日元気でいるか?

自分の気持ちは満たされているか?



それって見つめたくない部分かも知れない。
そんな人が取りがちな行動。

ご褒美、と称し、自分に言訳で納得させ、食べる、もしくは買い物する、もしくは、マッサージに行く。

RitaE / Pixabay

いいんですよ、それも大切なこと。
自分を大切に扱っています、という感覚を味わえるかも。


ただ、その時間の効き目って持続時間どれくらい?



私の周りにいる人から聞いたところ、持続時間どころか、

「後ろめたさがあって、心底楽しめない・・・」


おい~~~。

真面目なんだね、優しいんだよ。
だから自分だけが楽しんでいることを許可できなかったり。

でも毎日こんなに頑張っているのに、その合間のちょっとした、ゆとりの時間が、プラスに働かず、さらに自分を苦しめるなんて、哀しすぎませんか。

これの根本原因はどこにあるか。

結局、誰かに、何かに、「幸せにしてもらおう」という、「救いを求め依存する思考」
があると、いつまでも、どこまでも、自分を信じられないので、充足感を味わうということ自体を受け入れられなくなってきます。

一時的に、楽しい、幸せ、な快楽を感じたところで、すぐに冷めますし、だんだんエスカレートする、もしくは、自分を責める度合いが大きくなる、という現象につながります。




結局ね、自分とのつながりをどこまで深く強く持っているか、そして、自分の人生を主体的に生きているという実感がどこまであるか、ということが幸せな充足感の大元。




その本当の自分を見つめることからいくら逃げても、形を変えて、向き合わざるを得ない状況ってやってくる。

そこに気付けたら、ちょっと前に進めます。

幸せそう! ありがとう・・・。

あまたら、です。

過ごしやすい季節で、空も爽やかな日が多くなってますが・・・。

春にスタートした新しい環境に必死でついていこう、適応しようと頑張ってきた、人たちが、

ちょっと疲れを感じる季節かもしれませんね。



望みの会社、希望の学校、大好きだった人との新生活など・・・新しく希望に満ちてスタートしたはずが。

それが長い間、望みをかなえるために頑張ってきた人、頑張れば頑張るほどに、実現した後の、ちょっとした虚無感。

見ないふりしても、どうしても感じてしまう小さな違和感を、スルーしますか?

不慣れな環境だから、とか、そのうち慣れるから、とか・・・。



前は気にならなかった小さな不協和音が・・・。

それって見ないようにすればするほど、大きな音を立てて迫ってきます。

そして、他人から見たら、「良かったね、幸せそうね」と言われる状況にいると、
なおさら、そんな違和感を抱えている自分を責めたりしていませんか?

私も、家族元気で仲良く過ごしていて、周りの人から見たら、何の不満もなさそうな、幸せそ

のもの、のような・・・状況で過ごしていましたが、その時こそ、心の中にちょっとした、

言葉ではっきり言えないような、分かってもらえない、ような・・・違和感がありました。

RyanMcGuire / Pixabay

 

そして、そんな思いを抱えている自分を責めていましたし、見ないようにしていました。

それが積み重なって、いつしか全然笑ってない日が続く、笑うってどういう感じ?みたいなことになっていました。


そこまで来ると、パートナーである夫には、明らかに「不満げ」な顔だったのでしょう。

たぶん「何を怒っているのか?不満があるような生活ではないだろう!」みたいな気持ちにさせていたのかも知れません。

でも言葉で言い表せないんですよね、実際。



それは、「本当の自分の気持ちを無視しすぎて、言葉にできない」という状況だったから。



そして、やっと、普段あるべき姿を維持している、「自分」だと思っていた部分と、



感情を持っていて、本当に生きる力を出し切っていない「本当の自分」という存在の2つがある、ということに気付いたのでした。

 

Myriams-Fotos / Pixabay

あるべき姿を維持している、と書きましたが、まさに「~べき」という基準ですべての行動を選択してきたので、それが「本当の自分」のやりたいことなのか、どうかなんて考えもしなかったんです。


この「~べき」の基準は、いつか、自分に対してだけでなく、周りの人、家族、子どもにも

「~しないとだめでしょ」という言葉になって出てきます。


その後気付くのですが「私はこんなに我慢しているのに」という深い深い思いがあるから、、、。



その部分を見ないようにし続けても、違和感はぬぐえない。



そして、本来のエネルギーや、自分らしさ、というものは発揮できず、よくわからない疲労感は残る、ということになります。

これって、私だけじゃないと思うんですよね。

色々な本を読んだり、ワークをしてみたり、内観したり、瞑想したり。

そんな中でやっと気づいた、本当の自分を大切にする、とはどういうことか。

また、少しずつでも書いていきたいと思います。